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2013.04.30 ライフストーリーセンター構築によるストーリーの社会学的研究
第8章 結論:ライフストーリーの発信と教育的効果
(塚田 守)

 社会学を専攻し、特に、ライフストーリー研究をテーマとする3人が、ライフストーリーのアーカイヴ化とストーリーの社会学的研究の可能性について考察するために、本研究テーマである「ライフストーリーセンター構築によるストーリーの社会学的研究」を行った。3人はそれぞれライフストーリー研究を行ってきたという点では共通の関心ごとをもっているが、具体的な研究テーマ、方法論、あるいは、教育実践において、それぞれの特徴をもっている。その特徴を活かし共同研究を行い、役割分担をして第1章から第7章の執筆を担当した。本章は、この報告書のまとめにあたるので、それぞれの章で書かれたことを簡潔にまとめ、この研究を通して、何がわかったかについて整理し、今後の研究の発展の可能性について論じ結論としたい。
 まず、第1章で、塚田は本研究のテーマを考えたきっかけについて述べている。ストーリーを語り、読むことの重要性について論じながら、そのストーリーを公開し広く読まれる価値について述べた。そして、ロバート・アトキンソンがアメリカで設立しているライフストーリーセンターについて研究した上で、ストーリーのアーカイヴ化である「ライフストーリー文庫~きのうの私~」の設立に至るまでのプロセスと現状について概観した。
 第2章は、「ライフストーリー文庫~きのうの私~」のウェブ公開について横家がまとめている。本研究期間の3年間でライフストーリーの43編を公開したことを報告し、ウェブページとして公開する時に、人びとに読まれる魅力あるストーリーにするための工夫について述べた。そして、編集上の工夫や技術について整理し、ウェブ公開に伴う問題点に言及している。
 第3章は、ライフストーリーストーリー研究の過去と今について、川又が整理し、まとめている。そのレビューの方法として、ライフストーリーが社会調査のテキストの中でどのように扱われているか、ライフストーリー研究を主眼とする3つの研究会の活動の中でどのような位置づけになっているか、そして、最後に、ライフストーリー研究の2人の代表的な研究者の最新の著書を読み解くことで、ライフストーリー研究のレビューを行い、現状について包括的なまとめを提供している。
 第4章で塚田は、自分史をライフストーリーの一つの形態と考え、自分史の社会学的研究が明らかにしている、自分史のもつストーリー性に注目し、自分史作品をレビューし、その特徴について述べた。また、自分史作品が書かれる動機に関する議論を整理し上で、若者が書く自分史作品に注目した。その自分史作品は、自己の物語だと見なし、物語論から自分史を論じ、7章で描写している「自分史的エッセイ」を書く教育実践の理論的背景を整理している。
 第5章で川又は、まず、ライフストーリー・インタビューに関する理論的な議論を包括的にレビューしている。次に、本研究がめざしているストーリーのアーカイヴ化している実践例を紹介し、それぞれの特徴をまとめている。そして、最後に、自らがライフストーリー研究のテーマとしている男性養護教諭に関するライフストーリー・インタビュー調査に基づいたライフヒストリーの社会学的研究の実例を示している。そして、インタビューは「人との出会い」であることにも触れ、ライフストーリー・インタビューに基づいた研究の意義について言及している。
 第6章は、授業で受講生たちに対してインタビュー調査を課題としている横家が、授業の実践例を紹介する形で、ライフストーリーの作品制作が学生に対してもつ教育的効果について論じている。授業においてまず、制作の動機付けから始め、具体的な語り手探しに関わる学生たちの声に触れている。また、実際に学生がインタビューする時の実践的技術や編集から作品完成までのプロセスを描写し、学生にとって、インタビューは「人との出会い」としての教育的意義があると論じている。
 第7章は、授業で「自分史的エッセイ」を書かせる課題を課している塚田が、「自分史的エッセイ」を書く授業実践を描写することで、自己語りとしての「自分史的エッセイを書く」作業は自己変革になるのではないかと論じている。また、「自分史的エッセイ」として書かれたストーリーは、それ自体が一つのテキストとして、読者に読まれるべきものであるという前提で、それをウェブで公開する意義について論じている。さらに、その独立したテキストである「自分史的エッセイ」を社会学的に分析する試論を展開し、ストーリーの社会学的研究の一つのあり方を示している。
 以上のように、ライフストーリー研究に携わってきた3人による研究は、「ライフストーリー文庫~きのうの私~」を創設し、運営することで、ストーリーの社会学の可能性を追求している。一つの特徴的な点は、自分史も自己の物語だと位置づけ、ストーリー研究の枠で考えている点である。ライフストーリー・インタビューに基づくライフストーリー研究は、「語られた物語」の内容だけでなく、「どのように語られたか」の視点を重視し、インタビュー調査における相互作用から生まれた「共同作品」であるということが強調される。
 それに対して、「自分史的エッセイ」「自分史作品」はその相互作用の要素が少なく、対話ではなく、書き手の「モノローグ」であり、共同作品とは言えないという議論があるかもしれない。しかし、研究代表者の塚田は、「自分史的エッセイ」を書く、読む行為の中にも、「他人の視点」「人間関係」「読み手」などを強く意識しているという点に注目し、インタビュー対象者の語りと同等な、「語られた物語」でもあると見なしている。
 ライフストーリーを語ることを通して、インタビュー対象者が過去の経験を再解釈し、意味付与し、自己変革を起こすように、「自分史的エッセイ」も書く行為を通して、自らの過去の体験を再解釈し、意味付与し、自己変革を起こす可能性があるという点では質的に同じではないかと考えている。ただし、インタビュアからの働きかけがないので、相互作用から生まれる物語というよりはむしろ、「過去の自分との対話」、「語らなかった自分との対話」として見なされるべきで、本人の反省的な主体性がもっとも重要な要素になっている。
 最後にこの報告書のまとめとして、本研究の意義について整理し、今後のライフストーリー研究の発展の可能性について述べたい。
 第1の意義としては、まだ、質的なデータのアーカイヴ化があまり進んでない現在、3人という研究チームのレベルで小さい規模ではあるが、ライフストーリーのアーカイヴ化を行い、一般の読者に公開している点である。この公開されたライフストーリーが一般に人びとにどれだけ役に立っているかは未知数であるが、このように発信することで、ストーリーを読む機会を供給している点は重要であると思われる。今の段階では、まだ、43編のストーリーに過ぎないが、「ふつうの」人びとのストーリーを聞き、読む機会があまりないので、この後、数を増やすことで、その価値と意義が増すであろう。
 第2としては、ライフストーリー研究の過去と現在を概観し、ライフストーリー研究に対する包括的な理解を提供しているのではないかと思われる。また、ライフストーリー研究の中に、若い年齢層が書く「自分史的エッセイ」に関わる議論を行い、物語論として展開する可能性に触れている点も本研究の意義であろう。いままで、自分史というと高齢層が自分の過去の経験を「歴史の記録として残す」ものという認識が一般的であったが、「自分史的エッセイを書く」行為は、インタビュアによってインタビューされた語り手が語る行為と類似するものがあるという指摘をし、ライフストーリー研究の枠を広げる可能性について述べている。
 第3として、ライフストーリー研究の教育的機能について触れた点も重要であろう。まず、「語られたストーリー」や「自分史的エッセイ」を学生が読むことで、「物語的思考」が活性化され、いままで、理解しようと思わなかったことに共感し、今まで知らなかった世界を知る可能性がある。次に、ライフストーリー研究の一環として、学生自らインタビューを行い、ライフストーリー作品を完成していくなかで、「人びととの出会い」を経験し、編集作業等を経験することで、他人理解、自己理解を深める可能性がある。インタビューをして他人のストーリーを理解し新しい発見をするように、「自分史的エッセイ」を書くプロセスで過去の体験を再解釈し、自己理解を深める可能性がある。大学教育におけるライフストーリー研究は、単なる知識の獲得ではない、体験型の知を創造する可能性をもっていると言えるであろう。
 

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運営:椙山女学園大学国際コミュニケーション学部「ライフストーリー文庫~きのうの私~」編集室