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2013.04.30 ライフストーリーセンター構築によるストーリーの社会学的研究
第3章 ライフストーリー研究の概観――インタビューを中心に
(川又 俊則)

はじめに

 社会調査士制度が2004年にスタートして、全国の大学・大学院で社会調査士・専門社会調査士が養成されるようになった。その前後の時期から、実に多くの社会調査テキスト、社会調査関連書籍が刊行されている。
 この資格を取得するためには、資格制度に参加している大学でA~G(表1参照。このうちEとFはどちらかを選択)の科目を単位履修する必要がある。これを見ると、「調査票(質問紙、以下略)調査」が大きな柱になっている。したがって、それらテキスト等で「調査票調査」に関する説明中心に構成されているのも当然である。


03-hyou1.gif 選択科目の一つFは、「質的な分析の方法に関する科目」であり、ライフストーリー・アプローチはこのカテゴリーに含まれる。
 本章1節では、社会調査テキストにおいて「ライフストーリー」がどのように扱われているかを確認する。2節では、日本オーラル・ヒストリー学会(JOHA)、ライフストーリー研究会(LS研)、生活史研究会という3団体(学会・研究会)で、インタビュー調査がどのような対象・題目等で報告されたのかを検討する。3節では、有末賢・桜井厚というこの分野で代表的研究者と言える二人の近著に触れつつ、ライフストーリー研究の現在地を確認する。これらの作業を通じて、本章の課題「ライフストーリー研究の概観」に応えたい。
 筆者は2002年刊行の拙著『ライフヒストリー研究の基礎』巻末で、関連文献を多数紹介したことがある(同時に、関連文献を2006年頃まで独自サイトで紹介更新していた。現在は独自サイトの運営をしていない)。本章では、2002年以降の約10年間を中心に、発表された単行本・論文・学会発表・研究会発表等に言及する。引用は膨大な文献群からするとわずかにすぎないが、筆者なりに、代表的な著作等を中心に紹介している。
 2002年は、(倉石 2003)(蘭 2009)(石川 2012)らが異口同音に述べているように、ライフストーリー研究という方法論を明示した桜井厚の『インタビューの社会学』の刊行年である。すなわち、それまでのライフヒストリー研究(あるいは生活史研究)から、ライフストーリー研究へと多くの研究者が続くことになった転換点たる年とも言えよう。そこで、この年からの動向を確認しておくことには意義があるだろう。
 なお、本論に入る前に、本章(および5章)における、ライフヒストリー(LH)とライフストーリー(LS)について述べておきたい。
 5章で紹介する大久保孝治は、自らのライフストーリー・テキストで次のような説明をしている(大久保 2009)(以下は、筆者による要点抽出の記述)。
   ① 聞き手の立場=LHは黒子で、LSは共同制作者。
   ② LHはこれまでの人生全体が対象、LSはエピソード。
   ③ LHは歴史、過去の回想、LSは未来を展望したものを含む。
   ④ LSは自己論(アイデンティティ論)と密接に関連。
   ⑤ LHは個人の語り、LSはそれにとどまらず文化(制度)としての語りを含む。
 その上で、大久保は「個人の『語り』としてのライフストーリー」と「文化(制度)としてのライフストーリー」を詳述する。『ワンダフルライフ』(1999年、是枝裕和監督)という映画における死者を演ずる素人(実体験を話す)とプロの役者(役のセリフを話す)の語りを例に、「語り」がバージョン・アップされること、共同制作されること、「語り」が人生の意味付与となっていること、社会(商品広告、映画、スポーツの試合など)全体で「よい語り」が学習されることなどが指摘された。
 大久保は、「『語り』とは過去の経験そのものの再現ではなく、また、未来の経験の予言でもなく、現在という時点からの過去および未来への意味付与」だと指摘している(大久保 2009,pp.10-11)。
 さて、ライフストーリー論の提唱者たる桜井厚は、ライフヒストリーとは「概念としてはっきりと違いがある」と述べ、ライフヒストリーは「描かれる人生が主に時系列的に編成され」、「オーラル資料のほかに、自伝、日記、手紙などの個人的記録を主要な資料源として利用」している点で、ライフストーリーと異なるという(桜井 2012,pp.9-10)。「ライフストーリー」論文集の編者山田富秋は、その意義を、「個人によって語られた物語が、その人自身に帰属するというよりはむしろ、それが語られた相互行為の文脈に依存すると考える」ことであり、それゆえにライフヒストリーではなくライフストーリーを用いると述べている(山田 2005,p.3)。同時に、「インタビュアーと回答者が共同で社会的現実を構築するひとつの方法」がライフストーリーだと述べる(山田 前掲)。このインタビューに関する認識は、語り手は「回答の容器」ではなく、聞き手と語り手の「協同作業」がインタビューであるとの指摘に準拠するものだろう(ホルスタイン・グブリアム 2004(1995))。この「アクティヴ・インタビュー」の主張は、訳書刊行後、広く浸透したように思われる。ライフヒストリー研究においても、同様の認識をもって研究を進めている人びとは少なくない (1)。
 桜井自身、「ライフストーリーは、個人のライフ(人生、生涯、生活、生き方)についての口述の物語である」、あるいは「自伝や自分史など、個人が自らの生活史をふりかえって文字化されたものを含めてライフストーリーと総称される」とも述べている(桜井 2002)。さらに、「ライフストーリーやライフヒストリーだけでなく、生活史、個人史、自分史、生活誌や個人誌、語り、人生の物語、オーラルヒストリーや口述史、証言、身の上話、自伝や伝記、生活記録、ふだん記など」「を包括して、人びとのライフを描きだしたもの、人びとのライフを手がかりに生活世界をとらえようとしたもの」という、小林多寿子が『ライフストーリー・ガイドブック』の「はじめに」で示した広義の「ライフストーリー」もある(小林 2010,p.ⅸ)。本章(および5章)では、この広い意味での「ライフストーリー」という定義で同用語を用いることとする。
 本章は、以下、インタビュー調査を中心に、ライフストーリーの現代的課題(のなかで筆者がとくに関心をもつ部分)について言及する。

1.社会調査テキストからみるライフストーリー

 筆者は、いずれも10年たたずに新版が刊行された(森岡 2007(1998))、(大谷他2005(1999))を、1990年代の代表的社会調査テキストだと見なしている(川又 2013)。調査票調査を独習できるくらい丁寧に記述されたそれら2冊は、調査票調査以外、例えば後者は写真観察法にも言及するなど、社会調査を広義に見て説明している。
 本節では、まず、以下の4冊(多数のテキストが刊行されているが、紙幅の制限から、同一人物編、1990年代までに刊行されたテキストの焼き直しなどは除き、ごく近年に刊行されたものを取り上げた)で、「ライフストーリー」がいかに扱われたかを確認しておきたい。刊行年順で説明することにする。
 まず、(新・盛山 2008)では、「事例調査」の章のなかの「『ききとる』という実践」という節で、「ライフストーリー」が取り上げられている。好井裕明が担当するその章では、「実証主義的」「解釈的客観主義」「対話型構築主義」との分類が提示され、「相互行為のせめぎあいから個人の経験を取り出す」「人びとの語りから経験や文化をまとめていく」「『ききとる』営みと世代の差という問題」「相手の〈声〉と出会い、自らのカテゴリー化をつくりかえる」ということでこの研究の特徴や意義が丁寧に説明されている。事例として(蘭 2004)(石川 2007)(桜井 2005)が紹介されている。
 社会調査テキストの範疇からすると少しずれるが、2004年に刊行された本の翻訳(ペイン・ペイン 2008)は、社会調査関連のキーワードに関して、できるだけ簡潔な説明がなされ、だが、そのことによって社会調査が浮き彫りになるような構成となっており興味深い。その「社会調査法の授業と調査でもっとも頻繁に登場する50個の鍵概念」のなかには、「自伝/伝記法とライフ・ヒストリー(Auto/biography and Life Histories)」が収録されている。トーマスとズナニエツキ、オスカー・ルイスらの古典的名作の紹介や、デンジン、プラマーら1980年代のテキストの引用、「諸個人の人生に関する個人的解釈をライフ・ストーリーと呼ぶ」というミラーの説明も紹介されている。
 次に、「ライフヒストリーに代わってライフストーリーという呼び方もひろがっている」として、両者を同一ととらえたテキストがある(轟・杉野 2010,p.21)。同書は、「語られたことだけではなく語るという行為自体についても強い関心を寄せている」と説明され、その例として、中野の『口述の生活史』と桜井の『境界文化のライフストーリー』が挙げられているが、それ以外の解説等はない。
 続いて、「質的調査の理論と実践」として、インタビューに関する説明とグランデッド・セオリーの説明を中心に記述する中で、インタビューの箇所で「ある人の人生全般(ライフストーリー)を聞くこともある」という説明をしているテキストがある(加藤他 2010,p.148)、同書では、分析方法の説明で、逐語分析・内容分析・モノグラフ分析などと並んで、「生活史などを聞きとり解析するライフヒストリー分析」(加藤他 2010,p.157)との記述がある。だが、その語彙の差や具体的な方法などには言及されていない。
 このように近年刊行された社会調査テキストにおいて、「質的調査」の代表的な方法の一つとして、ライフスヒストリー、もしくは、ライフストーリーが紹介されている。桜井が近著で、「最近ではかなり認知されるようになってきた」述べたように(桜井 2012,p.170)、この方法が社会調査・社会学のなかで、一定程度の市民権を得たと言えよう。だが、いま確認したとおり、筆者の観点からすれば、社会調査のテキストであったにもかかわらず、粗い紹介が見られた。
 1996年に初版が刊行されたライフヒストリーのテキストが、近年、新版として出された(谷 2008)。前版で「ライフヒストリーの教科書は、わが国では翻訳書のほかにはまだ類書がない」と記されていたが、その後10数年を経て「優れた教科書がたくさん世に出て」おり、「価値が認められ、教育現場で重視されている証左としてよい」と、編者の谷自身が記述している(谷 2008,p.ⅴ)。幾つかの章は全面的に、他の章も一定程度の書き換えられ、文献紹介でも新しい作品が収録され、新版にふさわしい内容になっている。
 さらに、「質的社会調査」をうたったテキスト本(「技法編」「プロセス編」)が2冊刊行されている。いずれも「ライフヒストリー」について記述されており、そのアプローチ実践について詳しく記されている。
 「技法編」全15章のうち、「ライフヒストリー分析」という章が1章もうけられ、「ライフヒストリーが作品になるまで」「分析を終えてインタビューの過程をふりかえる」「どのようなテーマがライフヒストリー分析に向くのか」などを、在日朝鮮人を対象に調査し、論文化した野入直美が説明している。また、別の章では川端亮が、インタビュー・データをライフヒストリーに変換するにあたって、コンピュータ・コーディングを利用するという方法を提案し、自らの実践を踏まえて説明している(「質的データのコンピュータ・コーディング」)。
 「プロセス編」全15章のうち、「インタビュー記録を利用する」という章で、「ライフヒストリーのトランスクリプション」の説明や、エクセルを使った処理についての説明がなされている。また、「技法編」の要約をしながらの総論的章「質的社会調査法の方法と意義」では、谷が先の編著を参照しながら平易にライフヒストリーについて、他の方法と並列させる形でまとめている。
 なお、「宗教社会学」のテキスト本でも「ライフコースとライフヒストリー」という項目が取り上げられ、筆者が執筆担当した(川又 2007)。
 このように少なくとも社会学および社会調査の分野において、ライフストーリー・ライフヒストリーという方法・実践は、『ライフヒストリーの社会学』以降、一定程度、認知されてきていることが分かるだろう。また、『インタビューの社会学』以降、ライフストーリーへの賛同者による研究がより多く見られることは、次節、学会・研究会の動向で確認していこう。

2.3つの学会・研究会からみるライフストーリー

(1)日本オーラル・ヒストリー学会(JOHA)

 2003年に歴史学や社会学、文化人類学などでオーラル資料を扱った研究者や聞き取り調査を行っていた各地の人びとが、学際的な学会を立ち上げた。これが日本オーラル・ヒストリー学会である。2013年の大会で同学会は、創立10周年の記念大会を催し、同年刊行される予定の学会誌『日本オーラル・ヒストリー研究』第9号では、10年間の歩みがふり返る特集も計画されている。


03-hyou2.gif 本節では、インタビュー調査という視点で、同学会の歴史をつづりたい。
 第1回設立大会は2003年9月に開催された。記念講演では音声・映像をウェブ上に公開するアメリカの動向が紹介されていた。英国・米国の関連学会とのつながりも示された。
 同会の大会では「実践講座」が実施されている。同学会が発行しているニューズレターの第4号から引用してみよう (2)。
 この講座では、オーラル・ヒストリーの基本的概念、プロジェクトの立て方、インタビューの技法、書き起こしの仕方、インタビューの解釈、成果の発表方法などについての講義を聞きながら、自らインタビューを体験してみます。当日は聞き取りの歴史や具体的な方法、留意点についての講義を受けられるだけでなく、ライフヒストリー研究やオーラル・ヒストリー研究を先駆的に行ってこられた講師の方々と膝を交えて意見交換をすることができる絶好の機会です。
 同学会では、この会以外でも、実践講座としてインタビュー実践に関する、ワークショップをたびたび開催してきた。たとえば、2010年度は年間を通じて「私たちの歴史を創造する・私たちの歴史を書く」というワークショップを開催してきた。その趣旨説明の冒頭部分では、「オーラル・ヒストリーを『録音インタビューに基づく具体的な語りを基に考察する手法』と狭義の意味でとらえ、参加者が自ら小プロジェクトを実践しながら、オーラル・ヒストリーの手法をディスカッションしていこう、という試みを行ってきた」と記されている。インタビューの実践を常に意識した学会と言えよう。
 学会誌『日本オーラル・ヒストリー研究』は、学会設立後2年目から刊行されるようになった。表2は創刊号から8号(2012年)までの特集をまとめたものである。学会誌特集は刊行年の前年に開催された学会大会のシンポジウムやワークショップ等に関して、論文化していることが多い。したがって、その特集を見ることで、学会全体の関心が示せるとも言えよう。ここで示されているのは、学会の関心事ということになる。「実践」「歴史」「戦争」「当事者」などが浮上していることがわかるだろう。
 また、同学会初代会長吉田かよ子が監訳した『オーラルヒストリーの理論と実践』(ヴァレリー・R・ヤウ著)も、訳者として同学会会員が参加し、歴史学・社会学などの分野を超えて、学際的な交流をより一層深める契機ともなった。

(2)ライフストーリー研究会(LS研)

 桜井厚が設立したこの会は、設立当時より、若手研究者・大学院生たちが積極的に自らの研究を発表する場として活発な例会活動を続けている (3)。
 近年では書評会的な研究会が見られる。この数年間は日本社会学会でのテーマセッション(2011年第84回大会「ライフストーリー研究の可能性」(司会橋本みゆき))も、この研究会の中心的メンバーが立ち上げるなど積極的な議論喚起の場を提供している。

03-hyou3.gif また、桜井が管理しているウェブサイト「日本の経験を語る――ライフストーリー・アーカイブズ」(http://lifestoryinterview.net/wordpress/)では、同研究会に関する記事も掲示されている。表3は、2010~12年の研究会をまとめたものである。それ以前から、同研究会は活動を続けており、これは網羅的なものではない。だが、それでも多様な研究対象が見て取れるだろう。

(3)生活史研究会

 「生活史」に関心をもつ、中野卓と次世代の研究者たちによって立ち上げられた生活史研究会は、1981年11月に第1回例会が開催され、これまで30数年間に亘って、年3~4回の
例会を続けてきた(2013年3月現在114回+特別例会等6回)。
 その中心的メンバーが執筆した『ライフヒストリーの社会学』(1995年、弘文堂)刊行と事務局の移動(1997年)は、同会の転換点とも言えよう。だが、その後も、2時間報告・2時間討論という基本的なスタイルを堅持した例会は、現在に至るまで続けられた。
 100回記念例会(2006年)を機に、事務局員の高橋正樹が例会報告タイトルをもとに、テーマ等を考察している(高橋 2007)。そこで高橋は、1980年代、1990年代、2000年代と3期に分けて考察し、「方法論への意識」「変わらぬテーマ:『地域』から『福祉』まで」「テーマの変
容」ということを指摘した。高橋の論考から6年を経たが、その間、14回しか例会は開催できていない。本節では、高橋を参考にし、2003~2013年の例会タイトル29を表4に掲示し、そのなかから、特徴を読みとりたい。
 複数の発表者がいる特別企画(的テーマ)を除くと、10年間で25回分の発表タイトルがある。それを、高橋の分類を参照し、テーマごとに次のように分類した。すると、職業4、書評3、移民・移動3、方法論2、福祉2、戦争2、死2、研究者2、家族2となった(その他、女性、高齢者、日記、時間、青年、宗教、運動、震災が1)。
 高橋の分類では、3期(2000年代)は、方法論・職業・福祉が多かったという。最近10年でも、職業に分類される発表が多く、方法論や福祉も複数いたことが確認された。また、1期、2期と比べ、3期は宗教・時間・日記等が増えているとの指摘があったが、その後、それらは多いとは言えず、戦争・研究者等その時点でなかった対象が見られた。
 また、方法論に関連して、タイトルのなかかに、生活史7、ライフヒストリー3、ライフストーリー2、聞き取り2、語り1、インタビュー1という語がそれぞれ用いられていたことも注目しておきたい。生活史が相変わらず多く用いられることと、ライフストーリーというタイトルが2つ見られたことは、2003年以降の特徴と言えるのではないだろうか。

03-hyou4.gif3.『生活史宣言』(有末賢)と『ライフストーリー論』(桜井厚)

 『ライフヒストリーの社会学』の執筆者で、JOHAでも設立当初から理事等を務めてきた、生活史・ライフストーリー分野の代表的研究者である有末賢・桜井厚が、2012年にそれぞれ単著を刊行した。今後、後続者から参照される文献となるだろう。それらの概要ではなく、筆者なりの観点から、ポイントを数点のみ取り上げたい。

(1)『生活史宣言』の問うもの

 同書は、有末が2001年に博士の学位を授与された博士論文が基礎となっている。それから10数年年を経て、新たな調査や論考も含めて刊行された。序章と結章以外、三部構成からなる。第Ⅰ部「現代社会学と生活史研究」では、3章にわたって、生活史(=ライフヒストリー)の社会学的位置づけ、方法論的課題などが議論されている。第Ⅱ部「生活史の意味論」は、有末生活史論のポイントとなる議論を集めている。質的研究・意味論・記憶と時間という生活史の議論の根幹について議論されている。第Ⅲ部「生活史の応用と解釈」は、事例研究にあたる。
 すでに表4で示した通り、同書は生活史研究会第113回で取り上げられている。そこで評者だった藤村正之氏、仲田周子氏は同日の発表を、後日、『生活史通信』でまとめた (4)。藤村氏は「生活」および「語りの重層性」「語り得ないこと」に着目し、仲田田氏はライフストーリー研究の立場から、事例部分と理論部分の差異を具体的な内容を含めて問題提起をした。例会では多くの参加者が活発な議論を展開した。
 筆者自身は、1990年代から、有末がそれ以前から発表していた生活史研究の理論的な論考を学んできたため、本書でそれらが単行本としてまとめられたことをまず素朴に良かったと思ったが、内容として関心を強くもったのは、第6章「生活史における記憶と時間」第4節の「記憶と『語り得ぬもの』」および、結章「生と死のライフヒストリー」である。
 JOHA学会大会で2008年に〈和解〉というテーマを扱ったが、ライフストーリー・インタビューをしていく側は、「語れない」「語られない」「語りえない」部分について、どのように考えていくのか、個別のケースなどをもとに報告され、また、その課題については、それぞれのフィールドの中で経験するものでもあり、インタビュー実践者として、その後も様々な機会に何度も議論されている。筆者自身は、死者に対する記念誌について若干議論したことがある(川又 2010)。3冊の記念誌を事例に、その構成の共通性を見出し、同時に、ある故人の「死後」その「死」に向き合うことで「生を思う」遺族や関係者が存在することを指摘した。記念誌の考察は、単なる一個人の歴史を知るというばかりではなく、広くライフヒストリー研究に寄与することも示した。有末は自死遺族に関する調査研究をしており、それらの調査を踏まえた結章での議論がたいへん興味深かった。

(2)『ライフストーリー論』が描くもの

 『インタビューの社会学』から10年を経て、桜井は、「現代社会学ライブラリー」の1冊として『ライフストーリー論』を刊行した。
 「ライフストーリーとは何か」という1章で重要な概念を説明し、次に中野卓の一連の生活史研究の業績を社会学の歴史のなかに位置付け、続いて、ライフストーリーの考え方と論点として、「自己」「時間」「共同性」「語りの構造、様式」などを論じていく。さらに、「混沌の語り」では被害者やサバイバーの方々の「語り」に関する問題点、歴史学の側からオーラリティ(口述)への注目が集まり研究が進んできたことが述べられた。最後に倫理の問題を議論してまとめている。桜井のこれまでの業績・調査事例なども数々引用され、欧米での議論も適宜紹介しており、まさに、この1冊で「ライフストーリー研究のいま」が分かるといって過言でないだろう。
 その桜井は、「ライフヒストリーからライフストーリーへ」自らの方法論的スタンスを「実証主義」ではなく「対話的構築主義」であると明示した(桜井 2002,p.9)。「ライフストーリーは口述の語りそのものの記述を意味するだけではなく、調査者を調査の重要な対象であると位置づけている」点がポイントとなる(桜井 2002,p.9)。たしかに、中野は「記述に調査者を登場させたものの、それ自体を研究の対象にしたわけではなかった」点で、桜井らのライフストーリー研究とは異なるのだという(桜井 2012,p.37)。また、「語り手が『何を語ったのか』という語りの内容」ばかりではなく、その語りを生み出したさまざまなコンテクストに注意しながら「『いかに語られたか』も吟味する立場」が、桜井らの「対話的構築主義」なのである(桜井 2002,p.28)。
 生活史研究会では同書を例会にて書評会として取り上げた。そのときの評者の一人足立重和は書評論文を発表した(足立 2003)。同会は、桜井にリプライを要請し、それが同会通信に掲載された(桜井 2004)。
 そのリプライで桜井は、改めて、「調査対象者の『主体性』概念も、なお聞き手/書き手である調査者との共同によって産出されたものであり、それをいかにも調査対象者の『主体性』であるかのようにとらえていないか、そうした偽装を含めて、調査者/著者は自覚的であるべきと指摘した」と述べている(桜井 2004,p.4)。「自らのライフヒストリー研究の実践的な経験を構築主義的な観点に依拠しつつ反省的にとらえ返したもの」が、それまでの「実証主義」に対して、「対話的構築主義」と名付けたのであった(桜井 2004,p.3)。
 それ以外にも多くの論者から(桜井 2002)は評価を受け、また、桜井自身のその後の調査研究を踏まえたものが(桜井 2012)なのである。

(3) 生活・ライフ・生活史・ライフストーリー

 一見、全く違う方向性をもつように見える有末と桜井だが、上記の両書を見る限りにおいて、両者の共通点として、「生活」(桜井の場合は「ライフ」も同様)という語へのこだわりがあることは指摘しておきたい。
 有末はそれこそ1章を割いて「生活」を論じている(第Ⅰ部第2章「生活研究とライフヒストリー」)。そこでは「生活把握の類型」として「生活組織論」「生活システム論」「生活意識論」「生活構造論」を位置づけるなど、生活研究とライフヒストリーの位置関係を検討した(有末 2012)。
 桜井は1970年代から「生活」概念が日本で注目され、「生活学会」の設立(1972年)、生産者ではなく「生活者」が注目された1980年代末から1990年代などを、オーラルヒストリーの考え方に通じるものとして歴史的な変遷を示した(桜井 2012)。
 この「生活」への強い関心が、この分野で、それぞれのテーマでの豊穣な成果を上げたのだと言えよう。

おわりに


 生活史・ライフヒストリー・ライフストーリーを、主要な方法論あるいはテーマとしている論文・報告書・単行本は、近年数多くみられる。それらを隈なく収集し、内容を読み込み、分類するという方針で本章を執筆することもできたかもしれない(が、時間的制約と結果のバランスを考え、筆者は今回その方法は採用しなかった)。
 例えば、GeNii(学術コンテンツ・ポータル http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp)で、「まとめて検索」を「ライフストーリー」で行ったところ、「CiNii(論文情報ナビゲーター)」で404件、「Webcat Plus(連想×書棚で広がる本の世界)」で226件、「KAKEN(科学研究費助成事業データベース)」で190件、「NII-DBR(学術研究データベース・リポジトリ)」で82件、「JAIRO(学術機関リポジトリポータル)」で79件が検索された(2013年2月26日実施)。
 同様に、「ライフヒストリー」では、「664件、283件、506件、202件、115件」、「生活史」では「4589件、2975件、1562件、4200件、517件」が検索された。さらに、これら3単語の同時検索では、「3件、1件、9件、0件、0件」となった。
 これ以上の分析はしていないが、件数からも「ライフストーリー」は他の二つと比べて新しく使われていることや、すでに「ライフヒストリー」にすべてのコンテンツで肉薄していることが分かる。今後、これらの対象文献を整理し、分類することで何らかの特徴を見出すという検討は後日に期したい。
 筆者は本章で、テキストと関連する学会・研究会の報告などを見ることによって、この分野の研究を概観した。そして、生活史・ライフヒストリー・ライフストリーに関する重要(だと筆者が思っている)具体的な単行本・論文等を幾つか取り上げた。
 日本社会学会の学会誌『社会学評論』60巻1号(2009年)では、「『見る』ことと『聞く』ことと『調べる』こと」という特集が組まれ、視聴覚に関する理論化や技法に関する7本の論文が掲載された。本稿に直接関連するものとして(小林 2009)(古賀 2009)がある。「声」、「音」、また先に有末や桜井の著書で触れた「沈黙」など、個々に議論すべきテーマは多い。本章で取り上げられなかった多くのライフストーリー研究者たちは、各人のテーマと同時に、このような大きな課題についても取り組んでいることを付言して本章を閉じたい。



(1)井腰圭介は、ライフストーリー関連の論文集を紹介するなかで、『ライフヒストリーの社会学』(1995年刊行)以後、調査方法論を巡る諸問題の議論がそれまでと異なる部分で現れ、とくに、「それを問う研究者の行為をも問い直す方向へと旋回」したことを「研究する『個人』の発見」と指摘し、それを、「1960年代に権威ある学問/学問の権威に対して発せられた『何のための学問か』という問いへの、およそ30年・一世代かけて出されたひとつの解答」とも述べている(井腰 2010,p.352)。これは、(蘭 2009)や(石川 2012)らの論点と重なる問題である。
(2)『JOHAニュースレター』4号,pp.3.
(3)筆者も同研究会のメーリングリストに設立当初より登録している。以下はそのメール情報および、桜井のウェブサイトによる。筆者は遠方を理由に、平日夜に立教大学で開催される同研究会には一度も参加したことがないが、そのメーリングリストでは研究会の概要を丁寧に報告されており、大いに学ばせていただいている。
(4)『生活史研究会通信』79号(2013年)にそれぞれのまとめが掲載されているので参照されたい。

文献

足立重和,2003,「生活史研究と構築主義――「ライフストーリー」と「対話的構築主義」をめぐって」『社会科学論集』(愛知教育大学地域社会システム講座),40・41,pp.219-231.
蘭由岐子,2004,『「病の経験」を聞き取る――ハンセン病者のライフヒストリー』,皓星社。
蘭由岐子,2009,「いま、あらためて“声”と向きあう」『社会と調査』,3,pp.38-44.
有末賢,2012,『生活史宣言――ライフヒストリーの社会学』,慶応義塾大学出版会。
新睦人・盛山和夫編,2008,『社会調査ゼミナール』,有斐閣。
(好井裕明,「事例調査の基本をめぐって」,pp.273-309)
J・ホルスタイン、J・グブリアム著,山田富秋他訳,2004『アクティヴ・インタビュー――相互行為としての社会調査』,せりか書房。
石川良子,2007,『ひきこもりの〈ゴール〉――就労でもなく「対人関係」でもなく』,青弓社。
石川良子,2012,「ライフストーリー研究における調査者の経験の自己言及的記述の意義――インタビューの対話性に着目して」『年報社会学論集』,25,pp.1-12.
加藤千恵子他,2010,『失敗しない社会調査法のすべて』,インデックス出版。
(田中暢子・渋谷英雄,「質的調査の理論と実践」,pp.139-172.)
川又俊則,2007,「ライフコースとライフヒストリー」櫻井義秀・三木英編,『よくわかる宗教社会学』,ミネルヴァ書房,pp.48-49.
川又俊則,2010,「死後に生を思う――記念誌をめぐる一考察」竹内清己編『死の物語研究――文学、哲学、ライフヒストリー、ナラティヴ・アプローチ』(平成19~21年度東洋大学東洋学研究所プロジェクト研究報告書),pp.185-198.
川又俊則,2013,『数字にだまされない生活統計』,北樹出版。
小林多寿子,2009,「声を聴くこととオーラリティの社会学的可能性」『社会学評論』60(1),pp.73-88.
小林多寿子編,2010,『ライフストーリー・ガイドブック――ひとがひとに会うために』,嵯峨野書院。(井腰圭介,「ライフストーリー研究の集積――論文集」,pp.350-353)
古賀正義,2009,「録音素材から調べ構築するリアリティの重層性――インタビューのエスノグラフィーを実践する」『社会学評論』60(1),pp.90-108.
倉石一郎,2003,「書評『インタビューの社会学』」『ソシオロジ』,48(1),pp.146-150.
森岡清志編,2007,『ガイドブック社会調査 第2版』,日本評論社。
中野卓・桜井厚編,1995,『ライフヒストリーの社会学』,弘文堂。
大久保孝治,2009,『ライフストーリー分析――質的調査入門』,学文社。
大谷信介他編,2005,『社会調査へのアプローチ 第2版』,ミネルヴァ書房。
ジェフ・ペイン、ジュディ・ペイン著、髙坂健次訳代表,2008,『キーコンセプト ソーシャルリサーチ』,新曜社。
桜井厚,2002,『インタビューの社会学――ライフストーリーの聞き方』,せりか書房。
桜井厚,2004,「足立重和著『生活史研究と構築主義』論文に応えて」『生活史研究会通信』,53,pp.3-7.
桜井厚,2005,『境界文化のライフストーリー』,せりか書房。
桜井厚・小林多寿子,2005,『ライフストーリー・インタビュー――質的研究入門』,せりか書房。
桜井厚,2012,『ライフストーリー論』,弘文堂。
高橋正樹,2007,「例会報告タイトルから見る生活史研究のうつりかわり」『生活史研究会通信』,63,pp.7-10.
谷富夫編,2008,『新版ライフヒストリーを学ぶ人のために』,世界思想社。
谷富夫・芦田徹郎編,2009,『よくわかる質的社会調査 技法編』,ミネルヴァ書房。(野入直
 美,「ライフヒストリー分析」,pp.90-105)(川端亮,「質的データのコンピュータ・コーディン
 グ」,pp.134-147)
谷富夫・山本努編,2010,『よくわかる質的社会調査 プロセス編』,ミネルヴァ書房。(谷富夫,「質的社会調査法の方法と意義」,pp.2-19)(近藤敏夫,「インタビュー記録を利用する」,pp.172-185)
轟亮・杉野勇編,2010,『入門・社会調査法――2ステップで基礎から学ぶ』,法律文化社。(杉野勇,「社会調査の種類」,pp.17-32)
山田富秋編著,2005,『ライフストーリーの社会学』,北樹出版。
ヴァレリー・R・ヤウ,吉田かよ子監訳,2011,『オーラルヒストリーの理論と実践――人文・社会科学を学ぶすべての人のために』,インターブックス。
 

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