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2012.04. 3 女子大生の就職活動 (アクション・リサーチ(塚田 守))


 

まえがき

 本書は、ゼミの学生たちの就職活動のストーリーについて書いたものです。一般的な就職マニュアル本ではなく、学生たちの就職活動を中心とした実態を、本人たちの「声」を中心にまとめたものです。ここで書かれているストーリーは、学生たちと私のとの対話から生まれたものという意味では、共同作品です。

私の中でゼミの活動はもっとも重要な位置を占め、三年生から四年生までの二年間は、学生がゼミの授業から学ぶだけではなく、私自身も学生たちから学ぶ場になっています。三年生の一年間は、社会学的思考とは何かを一緒に論じ、ものの考え方を中心に意見を交換しています。また、四年生では、毎年話題になっているテーマに関連した本を輪読しながら、批判的思考を身につけることを目的として、ゼミが行われています。そして、四年生としてもっとも重要なことは、卒業論文作成のための学生自身による研究と指導教員である私との相談の時間を使って共同して、学生の皆さんが卒業論文を完成していくプロセスを経験することです。
しかし、四年生でもっとも時間をかけるべき卒論指導の相談の時間が、数年前から就職活動相談の時間にもなってしまっています。就職活動の相談に乗りながら雑談し、学生の皆さんの実態を聞き、驚きながらもいろいろなことを発見し、「外側から見ている学生の顔」と「雑談から学んだ学生の現実的な姿」に大きなギャップを感じることが多くなりました。特に、学生の皆さんの就職活動をめぐる「声」に耳を傾けながら、共感したり、励ましたりしています。そんな経験を数年続けた二十三年の四月の最初の授業で、学生の皆さんの就職活動のストーリーをまとめて本にする企画を共同研究とすることになりました。それは、「来年が還暦になるので何か新しいことをしたい」と言った私の思いに応えた学生の皆さんの答えでした。「こんなに頑張って行っている私たちの就職活動をまとめて本にしたら、他の人にも役立つと思うし、読まれると思います」と言った一人の学生の発言がすべての出発点でした。
ゼミの学生と何かを一緒に作る作業として、二十三年間学生の皆さんの卒業論文をまとめ、目次を付け、「はじめに」を書き冊子にまとめてきましたが、それとはまったく異なる試みになるのではないかと思い、新しいチャレンジとして行う決心をしました。学生の皆さんからの全面的な協力は不可欠なので、就職活動についてのメモを書き、その時々の心情や行動について知らせてくれること、時々インタビューをするので、それに参加してくれることの協力をお願いしました。そして、私は、学生の皆さんからの就職活動に関する体験についてのメモやエッセイを編集し、主に就職活動に関する行動や発言などを聞き取りまとめて行くという「調査方法」で、最終的に参加学生の皆さんのそれぞれのストーリーをまとめ、分析することにしました。
一九八五年から一九八六年にかけて、浪人生についてのインタビューを中心としたフィールド調査のことを思い出し、参加型のアクション・リサーチのつもりで始めました。三十年ほど前に浪人生の調査をやっていた時も、彼らを観察し、記述、分析するだけでなく、最後には、予備校講師として、受験勉強を教えながら、彼らが志望校に合格できるように手助けをしていました。「私は皆さんを対象に調査をしているだけですから」と言っても、予備校講師である私は「先生」と呼ばれ、彼らの大学受験の成功をともに喜び、感謝されたことがありました。その浪人生たちの一年間の浪人生活は、「不安とチャレンジの狭間で葛藤する体験」だと理解して上で、そのような経験をした浪人生たちが、「哲学する私」になっている姿に、浪人生活の意味があるのではないかと思いました。「哲学する私」とは、大学受験に失敗し、その時までの自分の人生がはたしてこれでよかったのかと思い、「いままでの人生の意味について考える私」のことで、浪人生活はそのようなことを経験するので、意味があるのではないかと結論づけました。
今回の学生の皆さんの就職活動もまた、「不安とチャレンジの狭間で葛藤する体験」という意味では共通点を見いだしました。そして、今回もまた、学生の皆さんの行動や心の風景を記述し、描写するだけでなく、私自身も学生の皆さんの就職活動に直接的に関わるというアクション・リサーチを行いました。ただ、今回の学生の皆さんへの関与の度合い、関わり度合いは、浪人生たちよりもはるかに広く深いものになりました。二年間授業を通してひとり一人を観て、卒業論文を共同で仕上げ、ゼミ合宿で語り過ごして時間は、浪人生との間ではなかったことでした。それに、就職活動に関連した相談中に出てきた話は単に就職活動に関係することだけでなく、極めて個人的な悩みも含まれていました。何時間も涙流して話す学生の皆さんの悩みを聞くことで解決しないまでも、心の重荷を軽くすることもできたと思えることもありました。その意味では、受験勉強という一面的な側面での関係をはるかに越えた対話を生の皆さんとも持つことができたと思っています。
本の中でも触れていますが、は浪人生たちが経験した「不安とチャレンジの狭間で葛藤する体験」をする「一元的な価値観の世界」では、その問題解決をするためには、成績を伸ばすだけを目的として勉強すれば良かったのですが、就職活動をする学生の皆さんの「不安とチャレンジの狭間で葛藤する体験」では、自分自身の人格を全て問われることになり、決まった答えを探すような対策が立てられない、努力しようのないように思える「体験の葛藤」であると思います。その意味では山田昌弘・白河桃子さんたちが言っているように、「就活」と「婚活」は同じで、自分の全人格、生き方、今までのキャリアなど全てが問われる活動で、受験勉強とは質的に異なる「葛藤」を経験することになっていると思います。
そのような「不安とチャレンジの狭間で葛藤する体験」のストーリーを学生の皆さんの「声」を中心にまとめたこの本は、今、就職活動真っただ中の人、これから就職活動をしようとしている人には、共感を持って読まれるのではないかと思っています。そのような状況にある人にとっては、彼女たちのストーリーが、今の自分の活動の理解になり、時には、癒しになってくれるのではないかとも思います。また、就職活動をしている学生を持つ家族が読めば、就職活動でさまざまに悩んでいる子どもの心の風景が理解できるのではないでしょうか。さらに、大学キャリアサポートセンターや企業で人事担当に関わる人たちにとっては、就職相談や就職面接で短い時間しか接することのしかないひとり一人の学生の皆さんの背景を理解するためのヒントになるのではないかと思っています。評価し、審査する側から人びとを見ていると、評価される側の心情が理解できなくなることがあると思います。その慣れ親しんだ視点からではなく、審査される側、評価される側の視点を理解することで、その対応が変化することがあったなら、就職活動をしている学生の皆さんが「傷つく」経験が少なくなるのではないかと信じています。
 
この本が「アクション・リサーチに基づいた就職活動の社会学研究」のレポートという枠を越え、就職活動で生き方を考えていた学生の皆さんの生き生きとしたストーリーの読み物になっていることをこころから願っています。今回のこの本が広く読まれることにより、ひとりでも多くの就職活動に関わる人に役立つことのなることが、著者である私の唯一の願いです。

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運営:椙山女学園大学国際コミュニケーション学部「ライフストーリー文庫~きのうの私~」編集室