Sugiyama 人間になろう 椙山女学園歴史文化館

【正弌記念室トピックス 4】<大正時代の校舎の遺構>

 

【正弌記念室トピックス4】<大正時代の校舎の遺構>
 
これは大正13年に建設された椙山第二高等女学校の校舎の2階に昇る階段の親柱です。親柱とは高欄や階段などの両端や曲がり角に立つ太い柱のことです。
この校舎は現在の山添キャンパスの地に建設された二階建ての建築面積630坪のモダンな建築で、モルタル仕上げの壁面、幾何学模様の窓、ロータリー式回り道のある玄関、またバルコニーや屋内プール、文化住宅式の寮などを備え、大正10年の椙山正弌によるアメリカ視察によって得たアメリカの学校建築の知見をふんだんに取り入れたものとなりました。その様子から「白亜の殿堂」と呼ばれ人々の話題を集めました。当時は学校の東西南の三方は田畑のみであり、覚王山からは西の大通りはなく、東へ向かう学校へは細道が1本あるだけで人家は一軒もなかったとの記録が残っています。
椙山第二高等女学校の校舎の様子を伺い知る貴重な資料として、現在、この手すりは正弌記念室のらせん階段入口に設置してあります。
 
 

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